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古来より呉文化発祥の地、美術工芸の都として知られる蘇州は、いま中国国内でも1,2の外資投資高を誇る。特に蘇州国家ハイテク産業開発区(以下蘇州高新区)では日系企業が集積し、その数はすでに240社を超える。横河電機(株)は、蘇州の土地柄に着目し、いち早く高新区に進出し実績を積み上げてきた。世界トップレベルの工業用特殊精密メーターの製作を続ける蘇州でものづくりを巡って、鈴木義憲総経理にインタビューした。
■幹部候補生の雇用継続の難しさと辛さ
報酬体系や魅力ある職場作りで改革中
―高新区に進出された最初の企業と伺っておりますが、蘇州高新区を選ばれた理由は?
(鈴木総経理)弊社の製品は工場用メーターという特殊な精密計器であり、小さな部品を扱う細かい作業が必要なため、手先の器用さが要求されます。蘇州は昔から刺繍で有名な街ですので、細かい手作業というのは全く問題ない。また2500年の歴史があり、文化的な資産が受け継がれている土地ですから教育もしっかり基盤があるだろうと。この2点が蘇州を選んだ理由です。
―御社の創業と鈴木総経理がこちらに赴任されたのは?
(鈴木総経理)1988年の創業です。2003年にこちらに赴任してきましたから、2年目になります。私が7代目です。
―88年といいますと89年の天安門事件に代表されるようにまだ中国社会の混乱期でした。今、日本では反日デモなどが取りざたされていますが、その時期に開業されるのは大変だったと思いますが。
(鈴木総経理)当時のことは想像でしか言えませんが、北京側で起こっていることと、蘇州にいてそれを見つめているというのは物理的な距離がありますから、緩和されて状況が響いてきただろうと思います。例えばこのゴールデンウイーク直前に起こった反日デモ。広州などでは、スーパーのガラスが打ち破られたとかありましたが、あれは遠いところの出来事という感覚です。中国は広いですから、蘇州周辺がどうかという点が重要で、遠い所で大事件が起こっても、体制そのものが変わってこない限りは差し迫った危険には感じない。この前の反日デモも状況からして同様ですね。
社内報などで蘇州工場の概況は伝えられましたが、開業当時はいろんな問題があったと思いますが、基本的に大きな問題は無く、安定発展してきたとの認識を持っています。
―蘇州、中国に対して、ご赴任前との印象の違いは?
(鈴木総経理)赴任前後で印象がかなり変わったというのは事実ですね。日本にいる時はかなり特殊な断面しか見えない。例えば上海といえば、外灘(バンド)で代表されるような高層ビル、海外からの豊富な商品が映される一方で、老朽化したアパートの映像も流れる。その格差は極めて大きい。平均的な状況、例えば平均的な住宅水準はどうかわからない。断片的なことだけで、中国全体で一体どうなっているかは全くわからない。結果、ある程度マイナスイメージを持って赴任しました。
実際来てみて、街のあちこちをかなり歩いていろいろ見てみると、当初の想像とはかなり違っている。たしかに格差はあるけれど、生活の営みというのはきちんとそれなりにあるルールに従って動いているとわかる。車に乗っても赴任直後は、両足に力が入る。こちらに来た人はわかると思いますが(笑)、1年ぐらい経つとそういった感覚は全く無くなる。外国人ではすぐには理解できない暗黙のルールがあるが、そのルールに従って行動すればなんら問題はない。確かに文化の違いはあるが、違和感はなんら感じなくなります。
―実際、この地に工場を開設してみての問題点などは?
(鈴木総経理)問題点は幹部候補生の雇用継続の難しさです。事業が拡大する中で、将来的な幹部候補生として、大卒の技術者を採用し、マネージメントが担えるようにと、日本での研修をはじめ、社内で順次ステップを踏んで教育を行っていますが、教育が終わる前に移ってしまう。それが非常につらいところです。中国社会に貢献しているという意味では、そうですが、せっかく教育した成果が残らないという点は非常につらいものがあります。
―そのような傾向に対してどんな対策をお考えですか。
(鈴木総経理)他の仕事に移って、一、二年経ってやっぱりウチがいいということで、戻ってきたケースが、何件かあります。転職の動機を聞いてみると給料が一番の魅力だと。ただ、また戻ってきた人たちの意見を聞くと、給料の差はあっても、働きやすさと言うか、会社の雰囲気が好きなので、やはりこちらで働きたいと言う。ですから仕事に見合った成果、報酬がもらえるような報酬体系、また、働き甲斐、生き甲斐ある職場作り。この2点を充実させるよう、今改革を進めています。
■高品質にコスト競争力付け事業拡大
画期的な管理委員会の「雇客満足度」調査
―現在の生産・販売状況をお教え下さい。
(鈴木総経理)80%が輸出向けで、20%が中国向け。輸出向けのうち、その60%が日本、35%がアメリカ、5%が東南アジアです。1ヶ月の生産は大体6万個ぐらいです。量的に言えば操業当初の3倍です。創業当時は、日本、アメリカ、シンガポール、中国、この4拠点で生産していましたが、順次生産を集中し、現在は中国だけで生産を行っていることが増産の主たる理由です。
―中国でも、販売されているとのことですが、市場の状況や、他社との競合の状態などは?
(鈴木総経理)我々の製品というのは、製品に要求される対衝撃性や、振動性、また何年使っても壊れないという長期安定性、信頼性という点については世界的にみても最高品質だと思っています。中国でも、我々の品を買っていただいている顧客には認識していただいているようで、いったん使っていただくと、他の中国のローカルメーカーのものに切り替えるという動きは今のところまずありません。
中国向けには95年に販売を始めました。売上高は初年度30万元から徐々に伸び、昨年度は約1200万元に達しました。中国で市場を拡大できているということは、ひとつはその品質が評価されてきたという実証かと思います。ただ一方では、ローカルメーカーの製品は安価で、価格については差があるのも事実で、その点では苦労しています。品質の差を理解していただけない場合は、なかなかむずかしいですね。
―中国市場で御社の製品が評価されているのは、とりわけどういった分野・業種ですか。
(鈴木総経理)ひとつには溶接機。工場や建築の作業現場等、溶接現場というのはかなり環境が悪く、これらの場所で機械を移動させて使うには耐衝撃性が非常に要求されます。もうひとつは船舶。船舶というのは電気を供給して運転しますが、電力制御盤の表示機として長期信頼性が必要になる。長期航行時に、電気系統が故障すると大変な問題になる。そのような信頼性が非常に要求される所では、我々の製品を喜んでお使いいただいています。
―今後業務拡大にあたって考えておられること、ならびに目標にされている点は?
(鈴木総経理)メーターというのは、電流と磁界の法則であるフレミングの法則を使って作られている、原理的には単純なものです。したがってローカルメーカーが模倣をして作ろうと思えば、安い模造品はできる。ただ品質は非常にノウハウがあり、保つことはむずかしい。品質が要求される業界に、我々の高い品質を認識していただいて、それを拡大していくことを進めていますが、ただコスト的な面でも、ある程度の競争力がないと生き残ることができません。
昨今はメーターもデジタル化が進んでいます。我々が作っているのはアナログメーターが主力ですが、アナログメーターというのは遠くから見てもすぐに状態がわかる。ところがデジタルメーターは状態像を把握するのに、頭の中で処理の必要があり、ちょっと時間がかかる。つまりアナログメーターは人間の感覚にフィットした優れたもので、これは絶対無くならないと考えています。そういういい製品を価格競争に負けて生産を、事業を辞めなければいけないということは社会にとっていいことではないと思います。いい物を作り続けられるようにコスト競争力をつけて、さらに事業を拡大していく。それが私の希望です。そのためには、先ほどもお話しましたように、会社の中で生き甲斐、働き甲斐を感じられるように、会社の中の仕組みをどんどん改革して、継続して発展できるような企業にしたいと思っています。
―最後に、高新区管理委員会の対応などについてご意見、ご感想をお聞かせ下さい。
(鈴木総経理)昨年9月に、高新区党書記王竹鳴氏が管理委員会の対応について、個々の企業を直接訪問され聴取されました。民間企業ではなく、政府組織が「顧客満足度」を問い、自身を見直すという視点で動かれているのは画期的なことで、大変評価できると思っています。その意味で信頼もし、満足もしています。やはり歴史と文化のある街にはそれだけの落ち着きと深さがある。先輩方が蘇州の地を選んでくれたことに感謝しています。
■企業DATA
URL:http://www.yokogawa-syc.com.cn/
創立:1988年4月1日
登録資本:3,490万元(約5億円、14.5日本円/元)
資本金:横河電機株式会社(日) 59.29%
中国創元科技股份有限公司(中) 30%
西儀集団有限責任公司(中) 10.71%
販売品目:工業用パネルメーター、配電盤計器、携帯用計
売上金額:2004年実績 6,120万元(約8億円)
従業員数:420名(内、日本人3名)
平均年齢:32.1歳、勤続年数7.7年
工場規模:1993年12月完成
敷地面積:23,000㎡、主工場面積:4,400㎡
生産規模:85万台/年間
(『蘇州に根付く日系企業1』:
「大上海圏日企情報PRESS」創刊2号2005.11掲載分)
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