|
訪問販売化粧品の老舗として知られる(株)日本メナード化粧品は、中国市場をターゲットに早くから進出。訪問販売禁止等次々直面する難題を切り抜け、全国規模の販売網を確立。江蘇省の化粧品模範工場と称され、充実した設備と質の高い化粧品作りは評価を得る。10年余り現地で一貫して指揮を執られた桑原壽総経理に、苦闘の経緯と新たな展開の抱負を語っていただいた。
■6社合弁化粧品プロジェクト
―御社設立の経緯から。
(桑原総経理)94年の1月に会社設立しましたが、当時は他の会社が主導権を持ってこの化粧品プロジェクトを準備していたんですよ。始まった時は6社合弁でした。大手流通業者、中央政府の幹部の子供たち、「太子族」が作った投資会社、化粧品OEM生産会社等で進めていたプロジェクトでした。しかし化粧品で肝心かなめのマーケテイングをする化粧品会社がいないというのが理由だと思うのですが、弊社に話があり、すぐ決まりました。でも6社合弁は責任の所在がはっきりしませんから大変でした。会社を設立してから最初の調査が始まったようなもので、工場を建て開業、販売できるようになったのが95年の夏ですね。
■訪問販売が規制から禁止へ
―中国での化粧品販売の展開はどのように?
(桑原総経理)ご存じだと思いますが、メナード化粧品は訪問販売なんですね。それで、中国で訪問販売は中国人の起業家精神を活用できる、潜在力の大きな業態であるとコンセプト化して、そんな夢を持って来たんですね。95年から97年にかけて3年弱、上海と蘇州でやりました。
しかし当時ねずみ講もどきがはびこり、多数の被害者も出ていた。中国政府は、集会とか、訳のわからない人たちが集まるのを嫌いますよね。訪問販売に対しても工商管理局へ届け出の必要や、政府関連局により頻繁な調査を受ける等、当初から規制、干渉があった。中国政府も訪問販売とねずみ講などマルチ商法との明確な定義づけができなかった。中国独特のやり方で悪いと思われるものはすべてなしとされ、最終的には禁止。それが98年です。手応えを掴めてきた矢先に完全禁止となり、困りました。またその頃には合弁のパートナー会社も、次々と経営の問題等で倒産や撤退をし、独資に近い形になっていました。
化粧品工場として規模は小さくない。いろんな種類の商品を、1ヶ月20万個ぐらいは生産できる。また初期投資が750万ドル。せっかくここまで投資して撤退という訳にもいかない。訪問販売がだめなら店頭販売しかない。しかし2、3ヶ月迷っていました。
■店頭販売へ切り替え売り上げ2倍増に
―店頭販売にされてからの手ごたえは?
(桑原総経理)98年は春まで訪問販売。夏からやっと店頭販売を始めましたが、ものごとはどう転ぶか、わかりませんよ。訪問販売が禁止になった年の98年の売り上げ高は、前年のなんと2倍。店頭販売にしてから売り上げが伸び始めたんです。
しかし店舗販売でもいろいろ問題が起こりました。最初の数ヶ月は代理店頼み。3人の営業マンが国盗り物語のように全国を分けて、富山の薬売りのごとく商売の簡単な内陸部にも入り込みどんどん代理店を作っていく。半年間で60箇所ぐらい作りました。ところが、値引き、転売、越境販売とそんなことをする代理店がほとんどでした。
それで半年で代理店展開はやめ、デパートに直営カウンターを開いていく形に変えていきました。代理店は60箇所から、いまだと12,13箇所。代理店はもう作らない。不良代理店は切っていく方針で進め、直営店と残ってくれたいい代理店がうまくかみ合ってくれました。いまでは全国で合計約250カウンターあります。
今、中国の現地生産品で強い化粧品は、ロレアル、P&Gの化粧品で玉蘭油、それから資生堂さんのオプレ。これらが現地生産品の3大ブランドです。彼らはまたもっと店舗網が大きいですが、250箇所というのは少なくないですよね。
―一転してデパートに直営カウンターを一気に増やすことができたのは?
(桑原総経理)めくら蛇に怖じずですかね。我々は訪問販売で育った人間で、実はデパートでの販売なんてやったことがない。それを日本じゃなくて中国でやらなくてはならないはめになり、やったことのないことをやりどんどん売り上げが伸びていくのでおもしろくはありました。何かしないと会社自体が中国の巨大なマーケットに飲み込まれ、なくなってしまう。けれど自分たちの得意分野もやれない。背水の陣ですから恐いもの知らず。カウンター等もかなり費用がかかりますが、作れ、作れと檄を飛ばしてね。展開は早かったですよ。デパートのカウンターが増えるにつれて知名度が上がってくる。マーケテイング戦略も考えずめくら滅法に広げたんですが、ライバル企業の動きを見れば、支店の場所もそれなりに的を得て展開していってたんだなとも思います。中国はひとつの省が国のようなもので、場所が変わると全く違う。ある地域で通用したことが別の地域では通用しない。各地に支店を作ったことは、現場で対応できる体制を自然に作り上げることができよかったと思います。
■直営店に高まるブランド意識
―ブランド展開は当初難しいものですが、その辺りはどのように取り組まれましたか。
(桑原総経理)ブランド戦略って考えてなかったですね。訪問販売禁止になった時も工場の在庫をどうやって売りさばくかが大問題で、ブランドもへったくれもなし。
ブランドイメージを大切にしようという意識が出てきたのは、デパートで自分たちで直営をやり、教育もきちんとするようになってからですね。デパート関係者に質のいい化粧品だけどメナードさんってどういう会社とよく尋ねられる。業界の人にもわからない。これじゃいかんと、2002年に全国のデパート関係者を呼んで、メナード化粧品っていうのはこういう会社ですと、上海の浦東のシャングリラホテルで発表会をしました。売り上げだけを上げようと思えば、また代理店を作ればよかった。しかしそれでは余りにもイメージがない、ぐちゃぐちゃの市場になってしまうからと、自然にブランドを育てていくという方向になってきましたね。
―今売れ筋の商品はなんですか。日本でも漢方を使った御社の化粧品は人気ですね。
(桑原総経理)中国でも霊芝を用いたシリーズが一番売れていますよ。これが今、売り上げの50%ぐらい占めています。霊芝の響きは中国の女性にとってもインパクトがあり、全体に非常に高級感があることが人気のようです。従来の商品群よりもワンランク上の国産品を開発したいということで、日本サイドと共同で開発しました。DIVUMと言いますが、ラテン語で空という意味です。空、天、つまり神様が与えてくれた化粧品というイメージでやろうとパッケージ、容器デザインを選びましたが、出来上がった商品を中国の支店長会議で見せた時、非常に高級感があると存外に絶賛でした。色、デザイン、ネーミングともに良かったようですね。中国オリジナル商品ですが本社から時々来るインストラクター達も買って行くんですよ。日本の美容の専門家が見てもとても良質と思うらしいです。
■新しい飛躍に向けて3つのチャネル展開
―最近杭州にとてもおしゃれな旗艦店を作られたとか。
(桑原総経理)そこは日本からの高級輸入化粧品を販売するための専門店で、西湖畔の国際名品街の一角にあります。今度は蘇州生産の化粧品だけでなく、富裕層向けに日本の高級化粧品の販売を考えています。旗艦店以外にも上海、蘇州に直営エステサロンが三つあります。「伊人空間ビューテイスペース」と名づけていますが、きれいな人の空間という意味です。こういったエステサロンのフランチャイズ展開も広げていこうと思っています。
―今後の構想をお聞かせ下さい。
(桑原総経理)今3つの販売チャネルを考えています。一つめは蘇州生産の化粧品販売のためのデパートカウンター、二つめは輸入化粧品専用デパートカウンター、三つめはエステサロンです。エステサロンは輸入化粧品も、蘇州の生産品も販売する。これを百貨店カウンター数の250店舗ぐらいに展開する。エステサロンの平均売り上げ高はデパートカウンターより2倍ぐらいよいので、売り上げ金額が、今の売り上げの3倍になるなあと、取らぬ狸の皮算用をしているんですよ(笑)。なんだかんだと工場長と苦労しながらここまで来てようやく基盤ができてきたので、将来に向けてやはりもっと大きく展開できるように、基盤をもっと強くといつも考えています。
■蘇州百美化粧品有限公司DATA
・創立:1994年1月
・登録資本金:
蘇州百美化粧品有限公司 1,200万USドル
蘇州美伊娜多有限公司 300万USドル
美伊娜多(杭州)貿易有限公司 100万USドル
・業務内容:化粧品生産・販売他
・工場敷地面積:12,000u 建築面積:4,200u
・従業員:工場 77名、本部 54名、
全国支店(デパートカウンター美容部員を含む)690名、
(合計821人。内日本人工場2名、本部2名)
・住所:[本部]蘇州市干将東路789号TEL 0512-65216876
FAX 0512-65237619
[工場]蘇州新区黄浦街58号
(本文の無断転載を禁止します。)
|